「情熱」と「サイエンス」を分けないでほしい——インクジェット42年史を聴いて考えたこと

先月の4月23日、第5回 imagingNEXTが開催されました。テーマは「情熱とサイエンスが切り拓いたインクジェット進化の系譜」。Kz project代表の中島一浩さんが、元キヤノンの技術者として42年にわたって関わってきたインクジェット技術の歩みを、黎明期から現在までエピソードを交えて語る——という、IJ技術部会との共催スペシャルな企画でした。

ぼくはこのタイトルを最初に見たとき、「情熱とサイエンス」という並びに目が留まりました。

技術系の講演会で、「情熱」という言葉をタイトルに堂々と置く例は、実はそれほど多くありません。多くの場合、技術の発展史は「課題→着想→検証→改良」というサイエンスの順序で語られます。間違ってはいないのですが、何かが落ちます。

その「何か」を、ぼくは前から気にしていました。


技術はサイエンスだけでは進まない

42年というスパンで一つの技術領域を見届けた人の話には、教科書では出てこない要素が顔を出します。「この方式は理屈では正しかったが、現場では受け入れられなかった」「この瞬間に、自分はこっちの道に賭けようと決めた」「ここで諦めなかった理由は、説明しろと言われても困る」——そういう類のものです。

これらは「情熱」と呼ぶくらいしか表現できないものかもしれません。論文には書きにくいし、特許明細書にも残りません。けれど、ある技術が今ここに存在している理由のかなりの部分を、こうした人間側の確信が占めているのは、たぶん多くの技術者が薄々感じていることだと思います。


「意味のイノベーション」と通じるもの

ぼくが好きなロベルト・ベルガンティの「意味のイノベーション」というフレームには、こんな主張があります。優れた製品は、ユーザー調査のデータだけからは生まれない。作り手側の解釈と確信——「自分たちはユーザーをこういう存在として扱いたいのだ」という意味付け——が、新しい価値を切り拓く、と。

HCDの立場で語るとき、ぼくはよく「ユーザー視点」「データに基づく」という言葉を使います。それは間違っていません。ただ、それだけでは説明できないものを、第一線のデザイナーや技術者は確かに持っています。ベルガンティはそれを「意味の提案」と呼びました。

中島さんの講演タイトルにある「情熱」も、おそらく同じ場所を指していると、ぼくには思えます。インクジェット技術の進化は、確かにサイエンスに支えられています。同時に、その節目ごとに「この方向を選び取る」という人間の意味付けがあったからこそ、今の姿になった。


AI時代こそ、語り継ぐ必要がある

生成AIが、論文も特許も製品仕様も大量に処理できる時代になりました。技術知識へのアクセスはこの数年で劇的に楽になっています。

それでも、いや、それだからこそ、「この人が、この瞬間に、なぜそちらを選んだのか」という物語の価値は、相対的に上がっているとぼくは感じます。サイエンスの結論はAIが整理してくれるけれど、「意味の選び取り」の部分は、語り継ぐ場がないと簡単に失われてしまうからです。

42年分の技術判断の積み重ねを、講演という形で次世代に渡す——imagingNEXTのような場が果たしている役割は、思っているよりずっと大きいのかもしれません。


あなたへの問い

あなたが今、関わっている技術領域や仕事の中で、「サイエンスでは説明しきれないけれど、たしかにそこで選んだ」という判断はありませんか?

そして、その判断は、後輩や仲間に物語として語れる形で言葉になっているでしょうか。

仕様書には書けない。論文にも残らない。けれど、その「情熱」の部分が消えてしまったら、技術の系譜は途切れてしまう。中島さんの講演タイトルは、ぼくにそんなことを考えさせてくれました。

イメージング業界に限らず、AIに何でも任せられそうな今だからこそ、ぼくたちは「自分が選び取った理由」を、もう少し言葉にして残してもいいのかもしれません。

「「情熱」と「サイエンス」を分けないでほしい——インクジェット42年史を聴いて考えたこと」への3件のフィードバック

  1. 私は自分の講演タイトルに「情熱」と書き込むのは恥ずかしいタチなので,中島さん,すごいな,と思いました.
    以前,会社の研修で,5人くらいのチームで各自が自分の経歴を語って感想を贈りあう,というのをやったときに,上司と新技術の開発の進め方で口論したときの話をしたら,同じチームの人から「それは”愛”だ」と言われて,30年くらいぶりに胸が熱くなり,とても納得しました.以来,私の電子写真技術愛は公言してはばからなくなりましたが,きっと周りにもこの愛は伝わっていると信じています.

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    • 服部さん、素敵なエピソードとともにコメントをお寄せいただきありがとうございます!

      「情熱」と掲げるのは照れくさいとのことですが、上司の方と新技術の開発について激論を交わされたというお話、まさに技術への情熱であり、チームの方がおっしゃる通りの「愛」そのものですね。

      最後に「周りにもこの愛は伝わっていると信じています」と書かれていますが、間違いなく伝わっています! 服部さんからいつもいただくコメントの端々から、服部さんの深い「電子写真愛」がこれでもかというほどひしひしと伝わってきていますよ。

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      • 受け止めていただいて有難うございます.
        それにしてもインクジェットの技術者の方って情熱的な方多いですよね.会社を引退されてなお,大学に行かれたり,起業されたり,,,夢中になって理想を追い求めている姿は美しいと思います.

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