“Imaging” なのに、なぜ”想像する”がないの?──ある問いから広がる、画像学会のワクワクする未来

先日、Imaging Conference JAPAN 2026の懇親会で藤井会長の挨拶を聞いていて、ぼくは思わず聞き入ってしまいました。

会長が紹介したのは、こんなエピソードです。評議委員会で基調講演をされた慶應義塾大学の田中先生と懇親会で話したとき、こう問われたというのです。

「”The Imaging Society of Japan” という英語名なのに、どうしてもっと”発想する””想像する”という要素がないんですか?」

——これ、みなさんはどう受け止めますか。ぼくは、ハッとしました。そして、なんだかワクワクしてきたのです。今日はその話をさせてください。

ぼくたちは「Imaging」を、半分しか使っていなかった

考えてみれば、ぼくたちが「イメージング(Imaging)」と言うとき、その多くは「画像をつくるプロセス」、つまり技術のことを指しています。センサ、インク、光学、アルゴリズム。どれも、いかに精密に・美しく・速く「像を作るか」をめぐる営みです。

でも、image という言葉には、もうひとつの顔があります。imagine——想像する。心の中に、まだ存在しないものを思い描く力です。英語では、画像をつくる imaging と、想像する imagine は、もともと地続きの言葉なんですね。

そう気づくと、田中先生の問いがじわじわ効いてきます。ぼくたちは長いあいだ、「Imaging」という名前の片側、「作る」だけを一生懸命に磨いてきた。でももう片側、「思い描く・創り出す」のほうは、いつのまにか技術の外側に置いてきてしまったのではないか——。

「作る」から「想像する・創り出す」へ

藤井会長は、この指摘を受けて、こう語っていました。これからの学会は、画像を作るプロセスの技術論にとどまらず、「新しい発想や創造の領域」へとスコープ(対象範囲)を広げていきたい、と。コンファレンスのセッション設定なども含めて見直していきたい、と参加者に協力を呼びかけたのです。

ぼくは、これはとても大きな宣言だと受け止めました。

これまで学会は、より良い像を生み出すための技術や研究成果を持ち寄り、互いに深め合う場として、着実に知を積み上げてきました。その土台はそのままに、これからはそこへ「この技術で、ぼくたちはどんな新しい世界を思い描けるか」という問いが重なっていく。発表のテーマが、達成した技術や成果の報告だけでなく、まだ誰も見ていない未来のスケッチをも含むようになる。そんな広がりの入口に、いま学会は立っているのかもしれません。

なぜ、これがワクワクする話なのか

ぼくの専門であるHCD(人間中心設計)の隣に、「意味のイノベーション」という考え方があります。イタリアのロベルト・ベルガンティが提唱したもので、ざっくり言うと——人は「より良い機能」だけでなく、「新しい意味」に心を動かされる、という話です。

よく引かれるのが、ロウソクの例です。電球に照明としての役目を奪われたあとも、ロウソクは消えませんでした。「明るくするもの」から「くつろぎや祝祭をつくるもの」へと、意味が更新されたからです。機能で負けても、新しい意味を思い描いた人が、新しい居場所を拓いた。

イメージングも、同じ地平に立っていると思うのです。「もっと高精細に」という機能の競争の先に、「この像で、人はどんな気持ちになれるのか」「この技術は、どんな新しい体験を想像させてくれるのか」という意味の問いが待っている。”想像する Imaging” とは、まさにこの意味を生み出す営みのことではないでしょうか。

そして意味は、ひとつの分野の中だけからは生まれにくいものです。料理、建築、音楽、医療——異分野と出会い、越境した場所でこそ、思いがけない発想は芽を出します。学会のスコープが広がるというのは、そういう出会いの間口が広がるということ。これがワクワクしないわけがありません。

小さな一歩

では、明日から何ができるか。難しいことはいりません。

次に自分の研究や技術を誰かに説明するとき、「何を、どう作ったか」を語ったあとに、「これで、どんな新しい世界を想像できるか」をもう一行だけ付け足してみる。それだけです。

その一行がすらりと出てきたなら、あなたの中の「Imaging」は、もう両側そろっています。もし詰まってしまったら——それは、これから思い描く余白がたっぷり残っている、ということ。むしろ、嬉しいサインだと思います。

田中先生の問いと、それを受け止めた会長の言葉に、ぼくはいま、すっかり背中を押されています。ぼくたちの学会は、その名前の”もう半分”を、これから取り戻していく。その現場に立ち会えることを、ぼくは素直に楽しみにしています。

(本記事はHCDを専門とするぼく個人の見解であり、学会の公式見解ではありません。挨拶のエピソードはぼくの聞き取りに基づくものです)

「“Imaging” なのに、なぜ”想像する”がないの?──ある問いから広がる、画像学会のワクワクする未来」への1件のフィードバック

  1. 「Imaging」の意味の2重性,とても面白い話題です.
    ICJでの幕間動画でも「イメージを実体化するのが”イメージング”」というキャッチコピーをサブリミナル的に繰り返し流していましたが,脳内ですごくいいことを思いついたら,現実世界で再現しないではいられませんよね.Imagingの持つワクワク感はそこにあると思います.
    似た話で,よく広告や商品パッケージの隅に「画像はイメージです」と書いてありますが,私はいつもそれを見てクスクスしています.なかなか奥が深い但し書きではないでしょうか.

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