突然ですが、皆さんに問いがあります。
「プリンターの未来は、暗いと思いますか?」
AIやDX、ペーパーレス化の波が押し寄せ、世の中はデジタル一色。「紙はオワコン」「印刷なんてもう古い」なんて声が聞こえてくると、プリンターという「箱」を作ることに人生を捧げてきた技術者としては、なんとも言えない気持ちになりますよね。まるで、自分が作ってきたものが、時代遅れの遺物のように感じてしまう。ぼくもその気持ち、よく分かります。
でも、本当にそうでしょうか? ぼくたちは「ペーパーレス化」という表面的な現象に惑わされて、もっと大事なことを見失ってはいないでしょうか。 もしかしたら、ぼくたちが向き合うべきなのは、「紙がなくなる」という恐怖ではなく、もっと根源的な「問い」なのかもしれません。
その「成功体験」、一度ゴミ箱に捨ててみませんか?
プリンター業界の技術者である皆さんは、これまで「いかに速く、美しく、安く印刷するか」という問いに、人生を賭けて挑んできたはずです。その結果、家庭用プリンターでも驚くほど高画質な写真が印刷できるようになり、オフィスでは膨大な資料が一瞬で出力されるようになりました。これは紛れもなく、皆さんの血と汗と涙の結晶であり、誇るべき「成功体験」です。
しかし、変化の激しい時代において、その成功体験こそが、新しい未来を切り拓く上での最大の足枷(あしかせ)になるとしたら、どうでしょう。
書籍『Unlearn(アンラーン)』では、過去の学びや成功体験が「思考のクセ」となり、新しい環境への適応を妨げる危険性が指摘されています。これまで正しいと信じてきたやり方、いわば「勝ちパターン」を一度捨て去り、学びほぐす(アンラーンする)ことの重要性を説いています。
今のプリンター業界に当てはめてみましょう。「より速く、より美しく」という価値観は、いわば印刷品質という「機能」の競争です。でも、多くの人がスマホで情報を完結させる今、その機能的価値だけでユーザーを惹きつけ続けるのは、正直、しんどくないですか? まるで、性能だけを追求したガラケーが、新しい体験を提供したスマホに市場を奪われたように。
ぼくたちが今、本当にすべきなのは、過去の成功体験という名の「思考のクセ」をアンラーンし、「プリンター=印刷する機械」という固定観念そのものを疑ってみることなのかもしれません。
「何を印刷するか」から「なぜ、人は印刷したいのか」へ
思考のクセを捨て、まっさらな頭で世界を見渡したとき、次に必要なのは「新しい問い」を立てることです。
『問いのデザイン』という本には、「問題の本質を見抜き、解くべき問いを正しく設定する」ことの重要性が書かれています。多くの議論が空転するのは、そもそも「問い」がズレているからだ、と。
これをプリンターの話に置き換えてみましょう。
これまでの問い:「どうすれば、もっと高性能なプリンターを作れるか?」
これからの問い:「そもそも、人はなぜ『印刷』という行為を求めるのだろうか?」
この問いの転換が、ぼくたちを新しい地平線へと連れて行ってくれます。
考えてみてください。あなたが何かを印刷するとき、その裏側にはどんな欲望が隠されていますか?
- 大切な情報を「所有」したいから?
- 手で触れ、書き込むことで、記憶を「定着」させたいから?
- 紙で渡すことで、相手と感覚を「共有」したいから?
- 美しい写真を飾り、空間を「彩り」たいから?
- 自分のアイデアを形にし、創造性を「解放」したいから?
ほら、見えてきましたよね。「印刷」という一つの行為の裏には、こんなにも多様な人間の根源的な欲求、つまり「意味」が隠れているんです。
機能の革新から、「意味のイノベーション」へ
ここで「意味のイノベーション」という考え方が重要になります。これは、製品の「機能」を改善するのではなく、ユーザーがその製品に対して感じる「意味や価値」を根本から変えるアプローチです。
例えば、ただの印刷機ではなく、プリンターをこう捉え直してみてはどうでしょうか。
- 「個人の創造性を解放するクラフトマシン」特殊な紙、布、プラスチックなど、あらゆる素材に印刷できたら? 自分でデザインしたTシャツやアクセサリーが、家庭で手軽に作れたら? それはもはやプリンターではなく、個人の工房です。
- 「記憶をパーソナライズするタイムカプセル」デジタルデータとは違う、手触りのある質感や温かみ。写真にその時の香りや音を埋め込める技術があったら? それは単なる写真ではなく、五感で楽しむ記憶そのものになります。
- 「空間を編集するインテリアデバイス」壁紙やファブリックパネルを、気分に合わせて毎日着せ替えられたら? プリンターが家具や照明と融合し、空間そのものをデザインするデバイスになったら?
これらは全て、「印刷する」という行為の「意味」を捉え直し、新しい価値を提案する試みです。ここに、皆さんが培ってきたインク技術、搬送技術、画像処理技術が活かせる、全く新しい冒険のフィールドが広がっているとは思いませんか?
技術者は「冒険者」になれるか
『冒険の書』の中で、著者の孫泰蔵さんは、既存の枠組みを疑い、自らの問いを探究し続けることの重要性を説いています。
ペーパーレス化の波に怯え、縮小する市場で消耗戦を繰り広げるのは、もうやめにしませんか。それは、他人が作った古い地図の上を歩いているにすぎません。
ぼくたち技術者は、もっと自由でいい。
自らの中に凝り固まった「プリンターとはこうあるべきだ」という常識をアンラーンし、「人はなぜ?」という本質的な問いを立て、技術の力で新しい「意味」を創造する。それこそが、これからの技術者に求められる「冒険」です。
未来は暗いどころか、まだ誰も見たことのない新しい価値を創造できる、最高のフロンティアが広がっています。さあ、あなただけの「問い」というコンパスを手に、新しい冒険に出かけましょう。
「ぼくたち技術者は、もっと自由でいい。」本当にそう思います.昔話で恐縮ですが,複写機業界がデジタル化に走りだした1980年~90年代,技術者は今より自由だったと思います.もちろん残業も休出も多くて働きづめでしたが,それと精神的な自由さとは別物ですね.その当時と比べて何が現代の技術者の自由を奪っているのでしょうか.「働き方改革」の名目で,自由な働き方が許されているイメージですが,実際には,効率的に働いているか常に監視され,不必要なまでに成果のエビデンスを求められている気がしますし,それらを管理する中間管理職には組織としての成果が求められている中で会社と部下との板挟みで身動き取れない状態なのではないでしょうか.「セキュリティ問題」も技術者の自由を奪っていると思います.まったく,悪意のある攻撃者から身を守るためにどれだけ不自由な思いをさせられているのかと思うと腹が立ちます(もっとも常識的なマナーは守るのは当然ですが).精神的な自由もそうですが,技術者が働く仕組みとしての自由をどう確保していくのか.経営者・管理職に近い読者の皆様にはぜひお考えいただきたいです.
コメントありがとうございます。
ご指摘の「監視される生産性」「証跡主義・セキュリティの硬直化」「中間管理職の板挟み」が現場の自由を削っている点、共感します。
そのうえで、プリンターを“印刷機”の枠に閉じず、「人はなぜ印刷したいのか」という問いを起点に、機能改良の競争から意味のイノベーションへ視点を移すことが重要だと思っています。
個々の自由だけでなく、問いを中心にした実験と学習の循環をどう常態化するか――ここを考えていきたいです。
本題とは違うところを掘ってしまって申し訳ありません.開発者の皆さん,職場や自宅のプリンターで印刷してますか~?思いたったら則自分で体験して評価できるのがこの業界のメリットですよね.遠慮せずどんどん印刷してプリンターの進化に貢献しましょう.
とんでもないです!こちらこそ、自分にはない視点をいただけて、ハッとさせられました。ありがとうございます。
おっしゃる通り、本来は「自分で体験して評価できる」ことが何より大切ですよね。ただ、服部さんがご指摘されていた「監視される生産性」「証跡主義・セキュリティの硬直化」といった点が、現場の自由な試行錯誤を阻む「空気」のようなものを作り出しているのかもしれない、と感じました。
特に日本のメーカーでは、長年ウォーターフォール型の開発に慣れ親しんできた影響もあってか、「失敗してはいけない」というプレッシャーが、無意識のうちに染み付いているような気がします。
新しい価値を生み出すには、「現状認識→仮説→アイデア創出・試作→検証」というサイクルを、小さく何度も回していくことが不可欠ですよね。たくさんの失敗の中から、たった一つの成功の種を見つけるようなプロセスだと思うのですが、この「たくさんの失敗」が「無駄」や「手戻り」と見なされてしまうのは、本当にもったいないことだなと感じます。
その結果、最初の「仮説」だけが独り歩きしてしまい、誰もが「何か違う…」と感じながらも、見直されないまま進んでしまう…。そんな状況に陥りやすいのかもしれませんね。