「生成AI、使ってますか?」
こう聞かれて、「もちろん!」と即答できる人は、まだそんなに多くないんじゃないでしょうか。ニュースでは連日「すごい!」「仕事がなくなる!」なんて騒がれているのに、私たちの日常には、まだそこまで浸透していない。
これって、ちょっと不思議じゃないですか?
先日開催されたICJ2025にて、『AIツールの連携活用ハンズオン』というワークショップのプログラムデザインとファシリテーターを担当しました。ありがたいことに多くの方にご参加いただいたんですが、この経験を通して、多くの人が生成AIを使わない(使えない)「本当の理由」が、くっきりと見えてきた気がするんです。
今日はその話を、少し掘り下げてみようと思います。
「凄さが伝わってない」は、本当の問題じゃない
「生成AIが普及しないのは、その恩恵や凄さが十分に伝わっていないからだ」
これは、よく言われることです。今回のワークショップを設計する上でも、まず「生成AIってこんなにすごいんだ!」という感動を体験してもらうことを第一の目的に置きました。
でも、本質はそこだけじゃないんですよね。
多くの人は「生成AIは“役に立つ”らしい」という情報は知っています。でも、それが自分にとってどんな“意味を持つ”のか、腹落ちしていない。だから、動かない。
結局のところ、問題は「自分ごと化できていない」という、極めてシンプルな壁なんです。テクノロジーがどれだけ進化しても、それを使う人間との間に「実感の溝」がある限り、それは黒船と同じ。遠くから眺めるだけで、誰も触ろうとはしないんですよね。
「わあ、すごい!」の次に来るべき「あ、できた!(なるほど!)」という体験
じゃあ、どうすればその「実感の溝」を埋められるのか。
今回のワークショップでは、あえて三段構え、いや、四段構えの「体験のデザイン」を仕込んでみました。
目的1:とにかく「すごい!」を知る
これは、いわば「未来の予告編」を見せるフェーズです。「こんな面倒な作業が、一瞬で終わるの!?」という純粋な驚きや感動を味わってもらう。ここで大事なのは、理屈じゃなく、感情を揺さぶること。
目的2:「自分でもできた!」+「他者の視点に気づく」
ここが一番のキモです。「AIはすごいらしいけど、どうせ使うのが難しいんでしょ?」という“心の壁”を壊しにかかります。参加者自身の手で、驚くほど簡単な操作で、何かしらの「成果」を生み出してもらう。
さらに、今回は「ペアワーク」という仕掛けも加えました。自分の画面と睨めっこするだけでなく、隣の人がどんな言葉(プロンプト)で、どんな結果(アウトプット)を得ているのかを相互に見せ合うんです。
これが面白いほど効果的で。自分一人では絶対に思いつかなかったような言葉の使い方や、AIの意外な反応を目の当たりにすることで、思考の枠が強制的にこじ開けられる。「なるほど、その手があったか!」という小さな驚きが、次の試行錯誤への最高の燃料になるんですよね。
目的3:その先の「地図」を渡す
小さな成功体験と発見で満足して終わらないように、「こんな応用もできるよ」という、少し先の未来を見せる。これは、「あなたもこっち側に来られますよ」という道筋を示すこと。一枚の地図があるだけで、人は前に進む勇気が湧いてくるものです。
「知る」だけでなく、「できる」を体験し、「他者から気づきを得て」、そして「その先」を想像させる。この一連の流れがセットになって初めて、人は「自分ごと」として新しい道具と向き合えるようになるのではないでしょうか。
それって結局「習うより慣れろ」ってことですよね?
少し意地悪な見方をすれば、「それって結局『習うより慣れろ』ってことですよね?」という話に行き着きます。まさにその通りです。
でも、面白いのは、世の中の多くのセミナーや研修が、「慣れる」ためのデザインを驚くほど軽視しているという事実。「習う(インプット)」ことばかりに時間を割いて、肝心の「慣れる(アウトプットと成功体験)」の機会を提供できていない。だから、「いい話聞いたな」で終わってしまう。
「知っている」と「できる」の間には、思った以上に深い溝があります。そして、その溝を埋めるのは、大量の情報や知識ではなく、たった一つの「あ、できた」という小さな成功体験だったりするんですよね。
結局のところ、人間って「これが便利ですよ」と正論を言われるだけじゃ、なかなか動けない生き物なんです。「これ、なんか面白いじゃん」とか「俺でも使えるじゃん」っていう、個人的で、ちょっと利己的な感情がトリガーになって、初めて重い腰を上げる。
今回のワークショップは、単なるAIツールの使い方講座ではありませんでした。それは、「新しいおもちゃを手に入れたときの、あのワクワク感をもう一度思い出してもらう」ための場だったんだと、今なら言えます。
さて、この記事を読んでいるあなたにとって、生成AIはまだ「すごいらしい」だけの遠い存在ですか?
それとも、もう遊んでみたくて仕方がない「新しいおもちゃ」に見えてきましたか?
ICJ2025ワークショップお疲れ様でした。AIすごいですね。何かとお世話になっています。その昔、ワープロが出始めたころ、インターネットが流行りだした頃もこんな感じだったと思います。いつしか当たり前の存在になっていく様を見届けていくのも楽しみですね。
AIとの対話で驚くのは、よくもこんな日本語の質問で意図をよしなに汲み取って適切(適当?)な回答をしてくれるところですね。日本語ペラペラの外人さんって尊敬しちゃいますけど、似たような敬意をAIに持ってしまうのは私だけでしょうか。
ありがとうございます!
ワープロやインターネットの登場時と同じく、新しい技術が日常に溶け込むこの過渡期に立ち会えるのは、本当に楽しみですね。
「日本語ペラペラの外人さん」という比喩、とてもよく分かります。こちらの曖昧な意図を汲み取ってくれるAIには、つい敬意を抱いてしまいます。
ただ一方で、AIをうまく活用するには人間側の工夫も大切だと痛感しています。先日、短い言葉でAIにアイデア出しを頼んでも、良い答えが得られませんでした。しかし、行き詰まって仲間に相談した際、人に伝えようと丁寧に説明するうち、自分自身の思考が整理されるのを実感したのです。
そこで気づきました。AIが相手でも人間と同じように丁寧に説明すれば、まず自分の頭が整理され、結果的にAIの回答の質も上がるのだと。AIとの対話も、コミュニケーションの本質は変わりませんね。
AIを使いこなすことは、自分の思考を見つめ直す良いきっかけにもなります。貴重なご意見と、面白い視点をありがとうございました!