2つのワークショップを通じて:AI時代の今、なぜ「アナログな価値創造」を体験すべきなのか

先日、日本画像学会のイベントの一環として、二つのワークショップを開催させていただきました。ICJ2025では「生成AIを活用して新たな価値を生み出す」ワークショップ。そして、その翌月に実施したImaging NEXTでは「AIを一切使わず、アナログな手法で新たな価値を生み出す」ワークショップです。

AIの活用が叫ばれる昨今、日々の業務でそのポテンシャルを実感しているみなさんだからこそ、『なぜ、今さらアナログな手法を?』と疑問に思われたかもしれません。AIを使えば、より速く、より多くのアイデアを得られるのは自明の理です。実際、アナログワークショップの最後には「このプロセスは、生成AIを使えばさらに効率化できます」というお話もさせていただきました。

では、なぜ、ぼくはこのような一見遠回りに思える企画を実施したのでしょうか。

「効率」の裏で失われがちな、「腹落ち感」という深い学び

その理由は、みなさんが持つコア技術の価値を、身体で感じられる「腹落ち感」と共に再発見してほしかったからです。

ご存知の通り、AIは非常に高性能です。しかし、キーワードをいくつか入力するだけで、もっともらしい答えが瞬時に、大量に生成されるプロセスは、あまりに滑らかすぎます。この滑らかさが、時として、試行錯誤の末に得られるはずの重要な「学び」や「気づき」を奪ってしまう危険があるのです。

これは、みなさんが研究開発の現場で日々体験されていることと通じるのではないでしょうか。シミュレーションで最適なパラメータをすぐに見つけられても、なぜその値が最適なのかを説明するために、一度は手計算や基礎的な実験に立ち返ることがあるはずです。その泥臭いプロセスを経るからこそ、技術の原理原則が深く理解できる。それと全く同じことです。

みなさんが日々向き合っている、インクの物性、ヘッドの駆動原理、画像処理のアルゴリズム。その技術の本質は何か?本当に新しい市場や用途に展開できないか?――こうした問いに、AIなしで、仲間と頭を突き合わせて本気で議論を交わす。この一見、非効率な「格闘」の時間こそが、「そうか、我々の技術の本質はここにあったのか!」という、心の底からの納得感、つまり「腹落ち感」につながるのです。

AIを「強力な研究ツール」にできる人、「魔法の杖」で終わる人

もちろん、AIはこれからの研究開発に不可欠なツールです。しかし、その真価を発揮できるかどうかには、明確な分かれ道があります。

技術の原理原則を「腹落ち」させている人は、AIを「非常に優秀な研究アシスタント」として使いこなせます。解決すべき課題が明確だからこそ、AIに的確な指示を出し、出力結果を正しく評価し、自らの思考と開発を加速させられるのです。

一方で、この「腹落ち感」がないままAIに頼ると、AIは「よくわからないが、すごい結果を出す魔法の杖」のままです。AIが出力した結果を吟味することなく『正解』として受け入れてしまい、なぜその結果が出たのかを説明できず、応用も効かせられないのです。

今回のワークショップの狙いは、まさにここにありました。まず、自分たちの頭と手だけで価値を生み出す苦労と達成感を、身体で覚えてもらう。その上で、AIというツールの強力さを示す。

この順番で体験することで、AIは単なる「魔法」ではなく、自分たちの専門性を拡張してくれる「頼れる相棒」になります。アナログな体験で得た「腹落ち感」こそが、AIという最先端ツールを使いこなすための、揺るぎない土台となるのです。

AIが当たり前の時代だからこそ、このような一見、泥臭い体験が、逆に非常に大きな価値を持つとぼくは確信しています。

みなさんは、日々の業務で「効率化」を優先するあまり、「思考停止」に陥ってはいませんか?

これからの画像技術のイノベーションは、深い専門知識を持つみなさんが、AIという強力なツールをいかに使いこなすかにかかっています。そのためにも、時々は基本に立ち返り、『思考の体幹』を鍛える時間を持つことが、実は一番の近道なのかもしれません。

「2つのワークショップを通じて:AI時代の今、なぜ「アナログな価値創造」を体験すべきなのか」への2件のフィードバック

  1. 「腹落ち」が大事というお話,興味深いです.私自身は「腹落ち」という言葉に腹落ちしていないので,自分が「腹落ち」を口にすることはないのですが,というのも,経営層の人たちが社員に向かって会社方針や施策への「腹落ち感」を押し付けてくることがよくあって,私としては「こんなチープなロジックに安易に腹落ちしてたまるか」と反骨精神が頭をよぎるのが私の悪い癖でして.腹の落ち方は人それぞれでいいのではないかと思います.「腹落ちすること」と同様に「腹落ちしないこと」も,何がそれを妨げているのかを考えるきっかけになっていいのではないか.つまりは,Akira.K.さんが言われるようにAI(なり他人の発言)を過信するのでなく,自分の頭で考えて組み立て直す,足りないピースを認識する,塞がったロジックの抜け道を見つける経験が大事だということですね.

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    • 服部さん、核心的なコメントをありがとうございます。
      「腹落ち」という言葉が持つ「押し付け感」への違和感、非常によく分かります。おっしゃる通り、「腹落ちしないこと」から始まる思考こそが重要ですよね。

      ぼくがこの記事で伝えたかったのは、まさにその逆で、トップダウンで「させられる腹落ち」ではなく、参加者自身が試行錯誤の末に「あ、なるほど!」と自ら発見する体験です。ワークショップを一種の「UXデザイン」として捉え、その体験が生まれる場を設計することを意図していました。

      服部さんのご指摘のおかげで、言葉の背景にある文脈の大切さを改めて考えることができました。結局は「自分の頭で考える」という点で、同じ方向を向いているのだと嬉しく思います。貴重なご意見、ありがとうございました。

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