藤井 雅彦
【会長就任の挨拶】
(日本画像学会誌、Vol. 63, No. 4 (2024)「巻頭言」として掲載)
4月より会長に就任しました,慶應義塾大学SFC研究所の藤井雅彦です.
6月12日から14日にかけて,東京工業大学すずかけ台キャンパスとオンラインのハイブリッド形式で開催された年次大会ICJ2024は,発表数62,参加者数294と昨年より大幅に増加し,新型コロナウイルス感染症拡大前の水準に戻りつつあります.また,参加者の約80%が会場に足を運び,「来て・見て・語れ,画像技術の未来」という大会スローガンにふさわしいイベントとなりました.このスローガンのもと,多くの参加者同士の「つながり」が生まれ,さらなる発展へと続くことを期待し,会長就任の挨拶として「つながり」と「イノベーション」との関係について話をしたいと思います.
日本では「イノベーション」=「技術革新」と誤った解釈をしている場面を多く見かけます.これは1958年の経済白書で,イノベーションを“技術革新”と訳してしまったことに起因していると言われています.イノベーションの定義についてはさまざまな意見がありますが,経済学者のシュンペーターが1911年に『経済発展の理論』で提示した「新結合」という概念がその起源になっています.ここでは新結合(イノベーション)を生み出すために必要な行動や状態を5つに分類しており,イノベーションが技術革新だけによってもたらされるものではないことは明らかです.また,ヘンダーソンらが2007年に著した論文『Architectural Innovation: The Reconfiguration of Existing Product Technologies and the Failure of Established Firms』の中で,横軸を中核的なコンセプトを維持する/転換する,縦軸を中核的コンセプトと構成要素との関係(アーキテクチャ)を変化させない/変化させるというポートフォリオを示し,イノベーションにつながる4つの起点を提唱しています.
このポートフォリオにおいて中核的コンセプトを変えないケースでは,アーキテクチャを固定して生まれる可能性がある「Incremental Innovation」と,アーキテクチャを変化させて生まれる「Architectural Innovation」が存在します.アーキテクチャを固定し,Dominant Designに基づいた組織内で努力することにより性能向上を実現し,あるいは技術革新と呼べる大幅な進展が生まれればIncremental Innovationにつながるかもしれない.しかし技術の成熟等により性能向上が見込め無くなった場合,アーキテクチャを変更してArchitectural Innovationを目指す必要性も生じてきます.新しいアーキテクチャを模索する中で,既存技術,あるいは新規技術やアプローチを中核的コンセプトとどのように結びつけ,その方向性や妥当性を確認するためには,ドミナントデザインに基づいた組織に閉じこもり,その価値観(性能軸)に囚われていてはならないことは明白です.組織の外に出て他の技術者・研究者とつながり,誰がどのような専門に通じ,どういった知識や経験を持っているかといったTransactive Memoryを持ち(自分用百科事典の目次を作ることだと考えています),そしてMemoryに記された適切な人々と議論することから始めるべきではないでしょうか.そのようなことができる場として学会は最適だと考えています.人生の80%は偶然の出来事に左右されると言われます.しかし偶発的に起こる諸現象を自分のために起こすことが出来るというのが,クランボルツが提唱した「Planned Happenstance Theory」(計画された偶発性理論)です.
学会とは研究成果を発表・議論するだけの場ではありません.もちろんそれを蔑ろにするのではなく,発表・議論からさらにつながりを得ることが,イノベーションにつながるかもしれないのです.このように自らの意思による組織外でのつながりが自分の成長だけでなく,延いては所属する組織の発展にも寄与できる可能性があることを理解していただき,ぜひ,学会に来ていただきたいと思います.
つながりとイノベーションとの関係について持論を紹介しました.少し強引に感じられたかもしれませんが,今の画像技術の現状,そして日本画像学会の果たす役割を象徴していると思っています.
最後に,上述した考えにも立脚し,さらに日本画像学会の状況を踏まえた上で,2024年度日本画像学会の活動・運営に関する会長方針を以下に掲げます.
1. 日本画像学会のスコープ技術を活かす場所(アプリケーション,サプライチェーン)を拡げる
2. 学会の役割を拡げる:技術者・研究者の成長の場としての学会の役割を果たす
3. 学会の組織,活動に若手,女性技術者・研究者の参画を増やす
4. 学会の存在価値・認知度向上を図る
今後ともみなさんと一緒に日本画像学会の発展,および画像技術が創出する価値の社会実装に励んでいきたいと思います.どうぞよろしくお願いいたします.