会長メッセージ2006年

高橋 通
【カールソン誕生100年に想う】

(日本画像学会誌、Vol.45, No.1(2006) 「巻頭言」より)

 今年はモーツアルトの生誕250年に当たり、関連イベントが目白押しである。航空会社の「ウィーンコンサートツアー」はもちろんのこと、「モーツアルトアイスクリームを味わう会」までもある。ちなみにこれはアイスクリームにザルツブルグ産の「モーツアルトチョコレートリキュール」をかけるもので、モーツアルトを偲ぶのに好適だそうだ。

 

 今年は、「チェスター・F・カールソン誕生100年」の年でもある。技術の世界では、「生誕XX年」などという祝い方は余りしないが、彼の偉大な発明「電子写真」に思いを致す時、その発明の背景としての彼の人生を学ぶよい機会である。

 

 彼は、1906年アメリカのシアトル市で生まれた。彼の両親は病弱で若死にしたため、幼くして家計を助けなければならなかった。「それが私を『生活の為に役立つ技術を考えたり、試したり、作ったり、計画したりする傾向』に変えた」と彼自身が語っている。同じ頃、彼はエジソン(1847-1931)やその他の成功した発明家の物語をたくさん読んだという。「発明が、今の経済状態を変える数少ない道であると同時に、社会に貢献できる道だと気がついた」という。その後、彼はカリフォルニア工科大学で物理を学び、ベル研究所を経てニューヨークで特許弁理士となる。その仕事は、うんざりする程の筆写を必要とした。湿式複写はあったがえらく高価であった。彼は、特許の出願状況から、多くの化学者が乾式や安価な化学複写プロセスの開発に挑戦していることを知った。そこで、彼は違う道を探って見る事にした。そして、図書館で得た光電導現象の知識から、我々の知るあの発明「電子写真」に到達したのだ。

 

 彼が特許弁理士でなかったら、「複写」にあれほどの興味と「必要性」を認めなかったであろうし、また「複写技術の発明最前線の情報」を容易に手に入れることは難しかったであろう。そして、あれほど完璧な明細書にまとめることが出来なかったであろう。彼の特許明細書は、「多様な利用技術の例示」と「多様な応用事例の示唆」に富み、これらはいずれも「的確なニーズ把握」と「発明の本質把握」があるからこそできることで、弁理士側の要求と発明者側の要件を両方満たしている。特許の手本と言ってもおかしくない。

 

 彼は特許に強かったことで強い発明を生み、強い権利を獲得した。そのことがベンチャーキャピタルを投資に踏み切らせ、粘り強い実用化への原動力になった。ハロイド社/ゼロックス社を「特許で守られた強い会社」に導いたことは、衆知のことである。

 

 ここで更に指摘したいのは、ゼロックス社の特許に基づく独占戦略が他社の、特に日本のメーカー技術と特許を鍛えた事実である。即ち、「Se感光体特許等」でPPC(普通紙複写機)を独占したゼロックス社に対して、「ZnO感光紙+液体現像」のヒット商品を創ったリコー、「CdS多層感光体」でPPCの独占を破ったキヤノンなどである。それらが「新技術や新特許で新領域の商品を創れば、新たな独占を得ることができる」ことを証明し、日本メーカーは競って新技術・新商品の開拓に邁進した。そして「液体現像PPC」の隆盛を実現した。革新の波は更に続き、「特許回避から始まったCdS」の長波長増感が「小型半導体レーザープリンター」市場の扉を開け、パンクロマチック増感が「高画質カラー複写機」を実現した。電子写真プロセスの心臓部を使い切りにした「カートリッジ方式」は、PPCの原点である「プリメンテナンスサービスこそ利益の源泉」へのアンチテーゼで巨大別市場を開拓した。

 

 このように、特許には独創技術を守り育てる効果と共に、他技術探索を促進する効果があり、画像技術の世界では、その両方が高い効果を発揮して多様な技術が開発され、互いに競い補って産業と科学が発展してきた。複写機産業の草創期には、「他社の特許は一件も使うな」というトップも居た。容易なことではないが、その縛りが独創技術の開発につながった。さすが最近は、そんな無茶は不可能で、メーカー同士が互いに己の特許技術を融合し合うクロスライセンスがよく見られる。しかし、いささか安易に流れ過ぎ、独創技術開発の意欲に水を差しているのではと危惧している。

 

 独創的発想発明は、企画や手法だけで出てくるものではない。大仰に言えば、幼い頃からの全人格全経験の発露だ。社交的が利する時もあり、へそ曲がりが奏功する場合もある。要はそれをどう使うかである。大胆と細心、独創と協調、科学と産業、革新と継続、どちらもが活躍の場と時を得ることができる、画像技術の世界はそうした歴史を持っている。今後もそうありたいと思うし、そうする限り、発展に限界はないと信じている。今後の100年が楽しみである。